ひらり、冬の蝶





 ぼたぼたと落ちる雪。悴んだ手をこすり合わせ、温めようと息を吐けば白く凍る。音はない。深々と降り積もる雪は外界を遮断したように音をなくした。雪は膝下。そこから抜け出せず佇むばかり。見上げてみても灰白の雲で、頬に落ちる雪は辛うじて溶けた。

 このままここにいたら、石像決定! ってか氷像か。

 そんな冗談を心に留めてみても、それは本当になりかねないと頭の隅の警報が鳴っている。

 ―――帰る道がわからない。

 どれだけ雪に見惚れていたのか、どうして雪に見惚れていたのか、考えようとしても思考が鈍る。ただ確かにあった足痕がもうないということだけが唯一わかっていること。

 ここは、流魂街で、任務に来てて、虚倒して―――。

 人の気配を感じない。他にも一緒に来た者もいるのだからその霊圧を感じられれば良いのだが、雪が遮断しているのかそれさえかなわない。

 死覇装の重みが増す。肩に降り積もった雪が溶けて濡れ、その上にまた積もる。止む気配はない。

 だれかー、だーれーかー、たすけてくださいー。かみさまー、ほとけさまー、たいちょーさまー。

 声にならない、声が出ない。心の中で叫ぶしか出来ない。

 その時。

 ひらり、舞った赤い色。白に交じって蝶かと思う。それにしては大きく、それはふうわりと首に巻きついた。

「呼んだか?」

 自分よりも小さい背が隣にいる。灰白の空に負けない銀色の髪。

「らいちょうー」

 思わず口から飛び出た言葉はなんともマヌケで、透かさず日番谷に「俺は鳥か」と呆れられる。

 口が回らないんだからしょうがないでしょうが、察してくださいよ、隊長なんだから!

「悪口はよく聞こえるな」

 ちらりとこちらを見上げる日番谷の口は不敵に歪んでいる。の瞳が大きく開かれる。

 内なる声が聞こえている?

「ほうろうにきこへるんでそか!?」
「……」
「れもれも、わはしがさへんだときも、ひまだってきこへてたようにおもふんれすほ」
「わるい、本気で何言ってるかわかんねえ」

 頭を抱え、眉間の皺が更に寄る。その様子にの唇が静かに尖り始める。

「おまえ、このままだと死ぬぞ? それでも良いのかよ。ぐだぐだ言っている暇があったらさっさと帰るぞ」
「ふりです、あひがうほひまへん」

 透かさず返した言葉だが、日番谷は理解に苦しんでいるようだ。

「ふりです、は無理か。あひは足として、うほひませんって何だ?」

 動けません、ですよ隊長。

 そう内なる声で言っても声になる筈もなく、

「あぁ、動きませんか」
「ほふ、わはりまひたね」

 本当にこの人は心の声を聞いてるんじゃないか? 心で呟いた声を拾っている。

 日番谷はひょいとの身体を肩に担いだ。

「うほでほ?」

 私、重いですよ! おろして下さいってかこの格好恥ずかしいですー。

 その内なる声に日番谷はうるせえよと一蹴する。

「全く心配させやがって、馬鹿なヤツ」

 ひらりと舞い上がったの身体、ふうわりと揺れる赤いマフラー。

「らいちょー、だいちゅきれす」

 見つけてくれてありがとね。

「だから俺は、鳥じゃねえ」

 日番谷の頬に仄かな色が灯る。



 ―――――ある冬の一日。