だからきっと、もどかしい。



「失礼します、七番隊三席のです。書類をお持ちしました」

「入れ」という返事にはそっと戸を引いて中に入る。入った瞬間に香る十番隊執務室独特の暖かな風の通る芳香。
この部屋の主である日番谷は書類に顔を向け、忙しく筆を動かしている。乱菊は居ないようで、無残にもソファの後ろに三十センチを超える未処理の書類が積んであった。これも彼が多忙な理由だろう。は書類を胸に抱え静かに日番谷の元へ向かう。目を合わせてくれない日番谷に少し寂しく思いながら、目的である書類を彼に渡した。


「すぐ終わる、其処に座ってろ」

短く言い日番谷はその書類にざっと目を通してゆく。その様を見ながら考えることは最近増えた想いのひとつ、どこにいても例えそれが書類整理中でも真面目な彼女には珍しい深い溜息。隠してはいるのだろうが目元には薄らと黒く色付きが。

これでも日番谷とは恋人同士であり、同期、にも拘らずふたりの関係は一方に悪くなるばかり。昔、院生のころはお互い競い合い支え合った、内気なが唯一何でも話すことの出来た存在。日番谷は隊長にまで上りつめはただの部下となり、それをきっかけにふたりの仲が時と共に崩れ行く中、がそっと想いを紡いだ。日番谷自身隊長になってから多忙であったが、共に院生時代を過したを失いたくなかった。その感情に気付かぬまま答えた日番谷は、その頃信友としかみていなかった彼女を傷つけることしか出来なかった。


は今までのこと、現在の状況をみて自分は彼に相応しくないと思う。院生時代はただ純粋に日番谷の支えになりたくて歩んできた道。でもそれが今になっては自分の醜い感情に気付くと同時に、彼の気持ちにも気付いてしまった。だいたい自分がいなくても彼を支えてくれる人はたくさんいる。自分が一番彼のことを知っていて近しい存在だと思っていたが、それは全て勘違いだった。彼には誰よりも愛している幼馴染がいる。誰からも好かれ尊敬される愛らしい幼馴染、雛森が。

そっと息を吐いてつきと痛む意を抑え、すっと息を吸う。微弱な決心が消えぬようは前を見据え日番谷の名を口にした。

「冬獅郎、」

その声音は少々震えていたにも静まったふたりの空間に凛と響いた。決して勤務中に私事を零さなかったが初めて、それを破った。久しく彼女に呼ばれた己の名に日番谷は驚いて彼女の方へ顔を上げた。彼女の想いの強い視線が彼の驚愕に満ちた瞳を据える。名を呼ばれた事に少々嬉しく思う日番谷とは裏腹にはやっと自分の目を見てくれた日番谷への決心が鈍りつつあった。彼女が口を開きかけた瞬間、

「日番谷くん!お昼だよ!ご飯食べに行こう!!」

ざっと戸が開き溌剌とした可愛らしい姿が現れた。彼の幼馴染にして彼が最も愛す者。と日番谷は行き成りの人物の登場に驚き、その場の張り詰めた空気も一気に吹き飛んだ。

「あっ!ちゃん。お久しぶりだね、元気だった?いつも日番谷くんがお世話になってます!!」
「こ、こんにちは。雛森副隊長、」
「雛森!!!余計なお世話だ、それに日番谷隊長だろ」
「はいはい、日番谷くんは黙ってて」

明らかに自分と話す時とは違う日番谷の話し方に、は改めて自覚した。
冬獅郎は雛森副隊長が好きなんだ。雛森と話すたびに自覚させられる自分とは明らかに違うところ。日番谷の表情、言動。それらを向けられている雛森が羨ましい、と同時に自分の中の醜い感情、嫉妬。その事も認められずに今まであやふやな関係を持ってきたが、そろそろ限界に近い。相変わらず仲良く会話を繰り返す日番谷達から目を逸らし、痛むこころを抑え「用を思い出したのでこれで失礼します」そうとだけ言い残し走ってふたりの空間から抜け出た。戸を閉める直前で日番谷の「!」と呼ぶ声が聴けただけでも今の私には十分に辛くて。あの時雛森が来なかったら自分は別れの言葉を紡ごうとしていたこと。こんな関係になってしまったのも、彼を独占している雛森の所為だと思ってしまっていること。本当は彼が雛森を独占しているのかと認められずにいること。全て嫉妬で埋め尽くされる自分の汚いこころを消し去ってしまいたい。どう足掻いてもきっと彼の心は私に向かない。この世界からさよならがしたい。そう思わずにはいられなかった。









だから、これはきっと

舞い降りた天の悪戯






ちゃん、出て行っちゃったよ・・・?」
雛森は眉根を下げて言う。
「・・・、しょうがないだろ」
日番谷は前髪をくしゃりと握り自身に重い溜息を吐く。
どうしようもないこの感情を彼は上手く言葉に言い表せない。

『もう、素直じゃないんだから・・・』
雛森のただ、呆れた声だけがもどかしいふたりを静かに縁取った。










(2008/08/09)
(ありがとうございました!!  *.香夜*)